【ガンマ1号2号→ヘド】
「博士の皮膚のある程度の衝撃ってどれくらいまで耐えれるものなんですか?」
「ヘド博士が足りなくなったのでチャージさせて下さい!」と叫びながらラボに入ってきたガンマ2号にこの後も続く本日のテスト項目の為だと諦め、背後から抱き締められながらいつかの前にもされたように頬を突つかれていればそう質問された。
「ふむ、独自に研究していた時に打った代物だったな。あの時の理論で言えば銃弾は確実に防げ、なかなかの爆発でも傷は負いにくくなっていたか……」
「へー、流石はヘド博士ですね!」
「とーぜんだな。超天才のボクが作ったものだからね」
自慢げに胸をはり自身を褒める博士 。
「じゃあ噛みつきとかはどうなんです?」
「……噛みつき?」
「悪の組織のアジトとかに潜入すると罠に引っ掛かり改造された動物たちがキバとか凄い剝き出しにして立ちはだかったりするじゃないですか、だから噛みつき」
「言われてみれば……そこは検証していなかったな」
博士は2号に突つかれていない逆の頬を摘み少し考える。
「しかし他者の唾液に触れるのは御免被る……かと言ってそうでなければ検証できないし……」
気になり始め、どうにか対処できないものかと悩み出す博士
「……そうだ、確か唾液腺は備えていなかったなお前達は」
後ろの2号に首を向けながら「口開いてみろ、2号」と博士に言われるがまま口を開けば好奇心のままに手を入れてきた。2号の口内の粘膜部分に位置する箇所や歯に触れて触り心地を確かめる。
「うん、思った通りだな」
「……何しているんですかヘド博士」
いつもヘド博士に対して喋る声音よりも幾分低い声でガンマ1号が博士に声を掛けてきた。
「お、1号。丁度いい」
2号に抱き着かれたままの状態でこちらに来いと1号に手招く博士。
1号は先程のテストの最中に「足りない、博士が足りない」とブツブツ呟いていた2号が終了したと同時に走り去ったのを追いかけてやってきた。すぐに止めるのも2号の不満が払しょくされないと思いあえて時間差を付けてから到着。そして扉を開いて見た光景がどう予想したとしても予測不能な状態、しかも1号としては不満が露わになるようなものに声が低くなるのは当然だった。
ヘド博士はそのようなことになっているとは露とも思っておらず、ただ自身の好奇心を満たすために1号にも声を掛ける。
「1号、口開いてみろ」
「? こうで、しゅっ!?」
「あぁ、やはりお前もだな」
1号が来る前に2号にしていたのを同じように繰り返す博士、一人納得して口から手を離せば慌てて数歩下がり口を手で隠す1号 。
「お前達になら嚙まれても良さそうだ」
「……仰る意味が理解できないのですが」
「ああ、すまない。さっきなんだけど……」
1号が来る前に2号に問われた内容と検証欲求への説明をする博士 。
「で、『噛まれても良さそうだ』と」
「そういう訳だ」
1号と博士が会話している間も離れずに抱き着いたままの2号をジロリと睨む1号、だが暖簾に腕押しといった具合で効果はなかった。
「協力してもらいたんだが……ダメか?」
「……分かりました。後日予定を調整して組み込みましょう、いいな2号」
「りょーかい!」
「そうか助かる。まだ暫く先かもしれないしちょっとどんな具合になるのか今適当に噛んでみて貰えるか?」
「簡単なレポートにしておくから」と言っていつも付けているヒーロースーツの手袋を外そうとする。
「……外されるなら左手をお願いしていいですか?」
「あ、ボクもお願いします」
「わかったちょっと待ってて……」
ピッチリと嵌めていた手袋を外すのに少し手間取りながらも何とか素手にし、前にいる1号に差し出そうとすれば後ろから2号が博士の左手を掴み移動先を変更する。
「2号?」
不思議そうにしていれば2号の口が開き左手に嚙みついた。正確に言えば左の薬指の付け根あたり。跡が付いたような痛みを感じた頃合いになると、少し噛む位置をずらして2号は同じように左薬指の付け根を噛む。3度程同じようにした後ようやく噛むのを止めた。
手を離され自身でどうなったのか見てみれば、歯型なので少し歪だが確かに付け根が円状に囲われた状態になっている。
「博士はいつも手袋付けてるから邪魔になると思ってリングの代わりに付けてみたよ」
「左の薬指は有名ですよね、博士」
後ろから言われた言葉にどう返せばいいのか分からず固まる博士、すると正面にいた1号が博士の左手にそっと触れる。
「ま……っていちご「2号ならそこにするとは思っていました。元々わたしはそこに付けるつもりはなかったですし……」
蚊の鳴くような声しか出せない博士の声を遮り1号は口元を左手に近づける。
「わたしはこちらを狙っていました」
そして左の人差し指の付け根を噛んだ。
「ここの意味は進むべき方向を指し示す……どうかわたしに進んできて下さい、ヘド博士」
自分で付けた跡を愛しそうに撫で、そう博士に囁く1号。どちらにも顔を向けれずただ黙って下を見て立ち尽くすことしかできなくなる。
「消えてしまってもまた付けたくなったら是非お呼び下さい」
「なっ……」
1号の言葉に慌てて顔を上げる博士。
「どっちにしても実験やるんだし、博士も覚悟しといてね」
「~~ッ!! し、しない! やはり中止だ! き、却下する!!」
「えー、ボク凄いやる気だったのにぃー」
「2号」
急にいつもの口調に戻った1号に博士と2号は顔を向けた。
「そろそろ次のテストの準備が終わる頃だ……戻るぞ」
「もうかー、じゃあまた博士ここで確認よろしくね」
「失礼します、ヘド博士」
ヘド博士は未だ収まらない早まる動悸に何度も深呼吸をして落ち着かせようと努めてみる。しかし左の指たちに付いた跡を見てしまえば再び早まる為に次のテストで彼らの様子はまったく見れなくなってしまったのだった。
【数週間後のお話】
「人造人間だって休息日が必要だ」
ヘド博士のその一言で本日のガンマ達の性能テストは全て中止になった。
「今日は好きなことをしてていいんだからな」
ガンマ達にそう言ってヘド博士は自身の仕事場のラボへ向かおうとしたのだが……
「本当にいいのかお前達は……」
「一向に構いません」
「好きなことをしていいんでしょ? じゃあヘド博士の側にいられることが好きなことだからね」
博士の後ろを付いて行きながらガンマ達はそう返答する。
「ボクとしては手伝ってくれるなら助かるからいいんだけど……」
「ではこの話はこれで御仕舞にしましょう」
「今日はどんなことするんですか? ヘド博士」
折角手伝ってくれるというガンマ達の言葉に甘え、博士は本日の予定にはしていなかった作業を加えようと行き先を変更した。
ガンマを作ったのは博士一個人の意思だったので、多少の失敗作…主に培養した有機体を処分するのをどうしようかと一室に集めて厳重に保管していた。適当な処分をされたり、勝手に研究素材として盗られるのを防ぐためだ。何かあった際に高優遇されているヘド博士をよく思わない陰で嫌味を言っている古株の科学者達からの蹴落とし防止も含まれていた。
「ここの処分の手伝いをお願いしてもいいだろうか」
「畏まりました。」
「色々あるから何かしら手順が必要なのもありますよね、博士」
「その通りだ2号、その際はちゃんと指示するからな。とりあえずはこの手袋を嵌めて貰って……」
菌による空気汚染の心配はない。が他の物質との結合で何か起きるかもしれない。エアシャワーで埃などは吹き飛ばしたし靴底の汚れも落とした。あとは手袋越しにでも重ねて手袋を付けてもらえればと渡そうと振り返る博士であったが後ろのガンマ達の動きに目が釘付けになってしまった。
そのまま付けるとばかり思っていたが彼らはどうやら違ったようで、1号は手袋の袖口を噛んで外しており2号は人差し指の先を噛みながら引っ張って外していた。
『動作が絵になる』瞬間を初めて見たヘドは瞬きを忘れて2人を見ていた。
「? どうしましたヘド博士……」
「いや別に……」
「あ、もしかしてボクらに見惚れていたとかですか?」
「っ!!」
2号の的を得た発言に何も言えず顔が赤くなるのを自覚する博士。
「え、博士ホントに!? 本当にボク達に見惚れてくれてたんですか!」
「2号何度も言うんじゃない」
嬉しさが滲み博士に確認する2号を諫める1号。
ヘド博士はぐいぐいと手袋を無理やり手渡すと2人に背を向けて自分も外して嵌めようとする。博士は触覚が鈍くなるのを防ぐために外すのだが先程の2人の姿を思い返し、『ボクの最高傑作恐るべし……』と思いつつ一人心を落ち着かせようと静かに深呼吸を何度もして集中していた。だから気付かなかった。1号が後ろから博士を覗いていたことを。
「ヘド博士」
「……っ!? な、何? 1号……」
「蒸し返す形ですみませんが、今日は好きなことをしてよろしかったんですよね?」
「その通りだ、やりたいことでもできたか?」
「はい、たった今できました。しかし博士の手伝いが終わってからで大丈夫です」
1号が後ろから博士の左腕を上げて左手に触れ、指に一本一本触れていく。
「いつ、消えたんですかね博士……」
「あ……」
左人差し指の付け根に触れて博士に優しく問う1号、それが聞こえた2号も1号の後ろから覗いて自身が前に付けた左薬指の跡を確認する。
「ボクが付けたのも無くなってる」
「お声が掛からなかったのは非常に残念ですが、今日はいい機会です」
「え、えと……」
「2号、早く済ませるぞ」
「りょーかい! ボクも今日のやりたいことできたから速攻で終わらせる!」
「あの、ちょ……」
「大丈夫ですヘド博士、この後の本日の予定全てお手伝いします」
「余った残りの時間はボクらに頂戴ね、博士」
「「やりたいこと博士にたーっぷりしますから」」
2人のやりたいことにヘド博士は迂闊に手袋を外してしまったことを大いに後悔して頭を抱えるのだった。