*ガンマ達はハチ丸のことをハチ丸先輩と呼びます。
「おいで、ハチ丸」
ヘド博士の呼ぶ声にどこかで様子を窺っていたのかすぐにやってきて指に止まるハチ丸
「今日はお前のメンテンナンスをしような」
もう一方の手の指の腹で優しく腹部を撫でられどことなく嬉しそうに見えるハチ丸にそれが分かるのかヘド博士も心なしか頬を緩ませた。
「あー……うちの博士が今日も尊い」
少し離れた席の椅子に逆に跨り観察していたガンマ2号は顔をだらしなくさせながら呟く。
「尊いのは同意するがその締まりのない顔はやめろ2号」
機材の移動の為に右往左往しているガンマ1号が止まることなくそう言って2号の前を通過する。
「酷いなー1号」
「お前今日の仕事はどうした?」
「まだ時間あるからここで待機してる」
「仕事前に博士をチャージしてるんだー」と言ってニマニマ笑いながら早速メンテナンスを始めている博士の後ろ姿を堪能している様子の2号。「博士のお手を煩わせるなよ」と注意して1号は再び忙しそうに移動した。
「よーし、摩耗した部品の交換、動作の不具合はなし……これで終わりだよハチ丸」
暫くして博士が満足そうに一息吐いて顔を上げてハチ丸に声を掛ける。 ハチ丸自身も動きの確認をするように博士の周りを飛んでみせ、何周か飛び回った後博士の肩に止まった。
「やはり異常はなさそうだな、流石超天才のボクだ」
嬉しそうにハチ丸を眺め笑うヘド博士
「……何を考えている2号」
移動も完了してヘド博士へ次の指示を貰おうと待機していた1号は何やら思案した素振りをしている2号に声を掛けた。
「んー、ちょっと疑問が……ね」
2号の視線の先は先程から変わらずヘド博士へ注がれている。1号としては特に変わった様子は確認できず首を傾げそうになる。
「ねーねー、ヘド博士ぇー」
「ん? どうした2号」
「ハチ丸先輩の性別って知ってます?」
「は? っちょ2号……」
「性別って……オスだろう?」
博士の答えにその部屋の空気が少し変わる。
「え、えーっと、博士とハチ丸先輩の出会いは?」
「ん? 確か、道の端っこで死にかかってたのを拾ってだったかな」
「では外にいた蜂だったのですね」
「そうだな」
博士の答えで1号と2号は顔を見合わせる。
「それがどうかしたのか?」
「博士、ハチ丸先輩ってその……」
言いづらそうにモゴモゴ喋る2号は近くにいる1号に助けを求めたくてチラチラと何度か見ているが当の1号からは 『気付いた責任を取れ!』と圧が掛かっていた。
「~~っ!!」
『博士に怒られたら絶対に1号に詰め寄る』と覚悟をして2号は続きを言った。
「め、メスなんじゃないかなーって」
「っ!?」
はははと乾いた笑いを付けて2号は博士に伝えた。それを聞いて博士はよろりと一歩後退り、2号に向けていた視線を1号に移す。
「1号も……知ってたのか?」
「は、はい。そもそも蜂はオスメスで触覚の形、触覚の節の数が違います。知っていればそこで見分けるのが可能です。それに、一番の特徴がその……」
「一番の、特徴……」
1号の言葉を口にしながら続きを待つ博士
「……針を持ち外に出る働き蜂はメスのみです。オスは種類にもよりますが繁殖期が来るまでは現れることもないですし、針を持たず繁殖用のため巣の中にいるので見れません。」
1号の言葉に博士は目を開き、後ろに備えられていたパソコンを開きカチャカチャとキーボードを叩き始めた。お目当てのものが見つかったのかハチ丸と画像を交互に見て確認をしている。
「な、何ということだ……」
自身の手で真実を確認した博士にとって余程の衝撃だったようでガクリと両膝を着き、前に倒れる上半身を両手で支えた。
「あー、ボクらは貰っていたデータに雑学的なものとして入っていたから知っていたのですが……博士がご存知なかったのは意外だったなー……って痛ッ!」
何とかフォローしようと喋った2号だったが横から強めの肘打ちが1号から食らわされた。
「お前はもう喋るな」
真顔で射殺さんばかりの視線と共に言われた1号の言葉に口をつぐむ2号。
「ボクは昆虫学はそんなに得意ではないんだ……」
2人のやりとりに気付いていない博士は項垂れたまま2号の言葉に返す。
「だとしてもボクはハチ丸はオスだと思っていたから名付けたのに。これじゃ申し訳がないよ……ごめんよハチま、じゃなくて……ハチ子、さん? ハチ美とかハチ恵の方がいい?」
肩に乗っていたハチ丸は今は項垂れた博士の顔の位置にある床に着地して彼を見上げるように覗いていた。
「ハチ奈、ハチ世……思い切ってハチリンとかどうだろう!?」
次々と候補を挙げていくヘド博士。それを聞いて博士の最高傑作のガンマ達はと言えば『ヘド博士が健気でかわいすぎる……』と手で顔を覆いながらプルプル震えていた。
「何か気に入ったのはあるか? ないならお前から提案してもいいんだぞ?」
ハチ丸から何も反応がないことを不安に思い、ハチ丸自身の考えでもいいと話をしていた。意味を理解したのかハチ丸は羽を震わせて飛ぶと先程ヘド博士が使ったパソコンの前、キーボードの上に浮かぶとカチリ、カチリとキーを一つずつ押していく。
押し終えたようでハチ丸が再び博士の前に戻ってきた。ドキドキしながら立ち上がり博士は画面を覗く。
『はちまる もんだいなし』
変換もされていないその文字達を見て博士は嬉しそうに笑った。
「そっか、そうかそうか……ありがとうハチ丸」
複眼で博士の様子を確認したハチ丸は差し出された博士の指に止まりそのまま嬉しそうに博士を眺めていた。
【後日のガンマ達】
ガンマ1号と2号で通路を歩いていると後ろから羽音が聞こえてきて立ち止まり後ろを振り返った。
「あ、ハチ丸先輩だ」
「何か持っているようだな」
二つ折りにされた紙を持ちこちらに来るハチ丸。てっきりヘド博士からの用事かと思い助手を兼任している1号が手を出すとそれをするりと躱して2号の前で止まった。
「へ、ボク宛?」
2号が触れればハチ丸は紙から離れそのまま去って行ってしまった。
「ハチ丸先輩が持ってきたってことだから博士からだよね、何の用事かな」
いつも1号に頼んでいるヘド博士を見ている2号としては自身宛の手紙に嬉々として二つ折りにされた紙を開いて中を読んだ。
「……」
「?……どうしたんだ2号」
喜んでいた顔が困惑の顔へと変わる2号、その様子に不思議がる1号。すると2号が顔を1号へ向け悲痛な声で助けを求めた。
「どうしよう1号……」
「だからどうしたと聞いてるだろ」
「ボク、ハチ丸先輩に嫌われた」
簡潔に言われたことに1号は手紙を横から覗き見る。
『はかせこまらせたにごう ゆるさん』
先日のあの時のように変換なしで綴られたひらがなの羅列を読んだ1号は確かにこれはハチ丸からの手紙だと納得する。
「ど、どうしたらいいの1号! ハチ丸先輩に敵意向けられたら博士の側にいられないじゃないか!!」
「お、落ち着け2号、兎に角今飛び去られたハチ丸先輩を探して只管謝罪をすればなんとか……」
肩を掴まれガクガクと2号に揺さぶられながらも怒りを鎮めるために誠心誠意の謝罪を提案する1号
「本っ当にそれで許してもらえると思ってるの1号!? ねぇボクの眼を見て言ってみてよ!」
「……( ˘ω˘)スヤァ」
「い、ち、ごぉー!!」
通路で騒ぐ2人に聞きなれた羽音がまた聞こえてくる。
「「っ!!」」
聞こえてきた方向に目を向ければハチ丸が2人からそこそこ離れた場所でこちらを眺めていた。
「は、ハチ丸せんぱ」
ジャキーン
2号が声を掛けようとすれば威嚇するかのように格納されていた毒針が出された。
「は、話を聞いてもらいたいのですが」
ジャキーンジャキーン
話を遮るように何度も毒針を出し入れするハチ丸
「おーいハチ丸~」
終いには遠くでヘド博士が呼ぶ声に従ってハチ丸はガンマ達を置いてその場を後にしてしまった。
「は、ははは……はは…..」
「すまん2号、ハチ丸先輩がああも怒るとはわたしも思っていなかった」
謝る1号の言葉は考えることを放棄した2号には届いていなかった。