劇の名はサロメ

【ガンマ1号2号→ヘド】




 マゼンタ総帥に頼まれたドクター・ゲロのデータベースを元に培養を行っている研究の待つ時間の長いこと。待っている時間が勿体なく、その合間にボクは最高傑作のスーパーヒーローを開発した。  
 この時は思い描いていたものが現実として出来上がっていくことに興奮し、寝る間が惜しく何日も徹夜していた。今着手しているのはヒーロー達…名はガンマにしようと考えている者たちの頭部の作成だ。  
 人のような感情や理解度を付与するために多能性幹細胞の培養を促進させ人の青年時の脳のサイズまで成長させたものに人工知能を付け加えた。脳と人工知能の比率を変えた場合の変化がどういった結果を齎すのかは今後の楽しみだ。  
 その中身を守る外殻は高硬度の素材を使用し、表面の質感は感情表現を歪ませない為に有機質、人の皮膚細胞を培養しボク自身にも施した改造を用いた。  
 ボディと連結させるためのコードを首になる部分に何本も垂らした状態で目となる部分はまだ閉じておらず脳を収めた外殻がむき出ており、目より下部分のみがようやく顔であるとわかるような中途半端なこの姿にあともう少しかと一息吐いて目頭を揉む。人の体では寝ずに何日も作業するにはやはり無理があり、少し仮眠しようかと考えながらガンマの頭部を眺めていれば寝不足な頭はこの半端な姿を見てある日のあの劇の一場面を思い出してた。  
 
 
 
 
 もう何度目か数えるのも止めたどこかの研究室から解雇宣告された帰り道に小さな劇団の演劇が今から始まるという宣伝の声が耳に入った。その時はそのまま帰るのも癪で寄り道として観ることにした。  
 生きることを終え、後は腐るだけの頭部に愛おしそうに口づけをする女性。一目惚れというだけでそこまで狂える愛がボクには分からず終始欠伸を耐えて見ていた。しいて共感したのは何も言わなくなったモノには何でもできるという点だけ。
 おかげで遺体安置所から無縁仏になる予定だった遺体を使って簡単な実験をしてみようという考えが浮かんだんだ。元々身元不明で処理される遺体だったから面倒は避けたかったのか1体目の時は無かったことにされたんだろう。特にニュースになった様子もなかった。 
 そのまま落ち着けば良かったのに人体を使った実験に夢中になり短期間で2体目、3体目と盗んだのがボクの運の尽きというやつだ。あまり世間で話題にならなかったのは親族がいない者を使っていたことと多少なりとも死者を蘇生できる人物が存在しうるという情報をやっかいな新興宗教などが是非囲い込みたいであろう技術力を持つ者の存在を世間に広めることの危険性を示唆してのことだろう。  
 少し前の出来事を思い返した後、愛しさのあまりその頭部に口づけをしていた場面がやたらと脳内で繰り返されていると気づいた。じぃっと今目の前にある2つの頭部を眺める。物言わぬその姿、あの劇で見た頭部と同じ状況、しかしあれは生を終えたがこちらは生が始まる段階である。作り手としての愛しさはある、あの狂うような愛とは全く違う。  
 違うと頭で否定するが体はその口になる場所にそれぞれ自分の唇を触れさせていた。  
 離れた後自身の突発的な行動に大笑いが止まらなくなった。うまく作動してくれるようにとの願掛けのつもりでやったんだと自分自身に言い訳する。涙が滲むくらい笑うと大分眠気も飛んだので結局そのまま完成まで突き進んでしまった。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 無事に完成したガンマ1号、2号と共に過ごして3カ月程だろうか。話があると言われたが人目のある場所では言いづらいというガンマ達。それならとボク専用にと宛がわれたフロアのあまり使わない部屋へと招き入れた。よく喋る2号でさえ終始無言で気味の悪さを感じていた。  
 
「これなら話せるんじゃないかガンマ……」  
 
 振り返って息をのむ。いつの間に詰められていたのか、すぐ目の前にガンマ1号がいた。  
 
「すみませんヘド博士……」  
「いちご……っ!」  
 
 それはすぐに終わったが衝撃が過ぎた。訳も分からずガンマ1号から口づけられた。  
 
「ヘド博士こっちも向いて下さい」  
「っ! にご……ぅっ!」  
 
 頬に手を添えられ少し右を向けさせられれば続いて2号までがボクに口づけてきた。  
 
「……どういうことだお前達」  
 
 あまりの突然の出来事に2人から距離をとり、口を拭いながら怒気の籠った声が漏れる。  
 だが返ってきた言葉に首を傾げることとなる。  
 
「あぁ……やはり間違いはなかった」  
「? 何を言っているガンマ1号」  
「これでようやくはっきりとしました」  
「2号まで……何を……」  
 
 彼らの言いたいことが分からず困惑する。  
 
「わたしと2号は目覚めてからあることに悩まされていました」  
 
 言いながら1号は懐かしむように自身の唇に触れる。  
 
「起動する前に何かがわたしに触れた感触が忘れられなかったのです」  
「最初は気のせいだと思い記憶から消すつもりでいたのですが、偶然にも2号に相談され互いにこれが何なのか知りたくなったのです」  
「だから調べたんです」  
「そして見つけたんです」  
 
 2号が手に持つのは映像を映すスマホサイズの小型モニター、そこに映っているのはボク…ヘドだった。  
 しかもこの映像は彼らを作っていたあの時のだと気づいた。一人きりで何度も徹夜した際に起こしたことを彼らに見つけられた、見られてしまった。  
 
「っ!」  
「ご安心下さい、ヘド博士」  
「ここのシステムはボクらでハッキングし尽くしてます、あんなんじゃ乗っ取って下さいと言っているような出来の悪いシステムですよ」  
「ですからこの映像を知っているのはわたし達ガンマとされた本人であるヘド博士のみ……」  
 
 ニコリと笑う1号が怖い。思わず一歩下がればその分を補填するようににじり寄られる。  
 
「結果が分かりわたし達は今度はこう思いました。」  
 
「「また貴方に触れたいと」」  
 
 被さる2人の言葉がボクの鼓膜を震わせる。  
 目を離したつもりはないのに少しばかりとっていた距離もあっという間に詰められボクをじっと見つめる2人。
 
「知ってからは博士の唇に何度目が行ったでしょうか」  
 
 ボクの唇を指でなぞる1号  
 
「もう耐えることができなかった」  
 
 ボクの頬に触れる2号  
 
「さ、さっきので……さっきので十分じゃない……かな」  
 
震えて噛んでしまいそうになるのを耐えてそう2人に問えばそれは間違いだったと後悔する。  
 
「いいえ、ヘド博士……」  
「貴方に対して十分なんてことは何一つないんです」  
「足りなくて足りなくてどうしようもなくて」  
「人が渇いた喉に水を欲しがるように」 
「(わたし、ボク)は貴方がどうしようもない程欲しいのです」  
 
 
そう言って再び2人にボクは口づけをされた。  
 
 
 
 
何度も  
 
 
 
 
何度も