寝違え

【ガンマ1号2号×ヘド ガンマ1号視点】




 新しい住居に移り、いくつか約束事を決めていた、その中の一つが本日破られた。

「お約束していましたよね博士、必要以上の仕事は致さないと」
「……っ、冷た……」

 目の前で首を正面に向けられず、少し斜めってしまった状態を維持してソファに座っているヘド博士に痛いと仰る場所に触れ熱感を確認し、応急処置として冷湿布を貼り付ければ少し声が漏れた。
 原因は寝違え
 最初に見つけたのは博士を起こしに行った2号で、博士の部屋へ入れば明かりが点いたままベッドにて用紙を下敷きにし、ペンを握ったまま顔を横向きにうつ伏せで眠られていたという。起こせば慌てて起き上がるなり「痛っ!」と声を上げて首に手をあて蹲ってしまったのでそのまま2号が抱き上げてソファまで連れてきた。

「寝ようとした時にいい案が思いついて……すこーし書いたら寝ようと思ってて……」
「少しと博士は言いますがこれが少しですか?」

 どうやら処置の間に寝室に戻って博士が散らかしていた用紙を回収してきていた2号。少しというには厚みがある枚数を確認して「ヘド博士……」とわたしは声を掛ける。首が動かせない博士は視線を彷徨わせ、どうにか言い訳をしようと考えている様子が伺える。喋られる前に先手を打つ。

「お約束を違えたことには変わりはありません。ですので違反した際に決めていた約束をお願いします」
「う゛っ……」

 嫌そうな声を零し、眉間に少し皺を寄せる博士。わたしが要求した内容を聞いていた2号が首を動かせない博士の前に自身の顔を近づかせる。

「第一発見者はボクなので先にお願いしますね博士」

嬉しそうに博士に笑みを向ける2号に対し、博士は顔を徐々に赤らめさせ2号と近距離で接するのを避けたい衝動に駆られている模様。痛くて動けない首をどうにか動かそうと試みているようだが痛みで結局動かすことができず微かに震えることしができずにいる。
 わたし達の顔の造形は博士の好きなヒーローを模しているので近過ぎると直視ができないと前に言われていたのを思い返しながら博士と2号を見て早3分は経過する。

「ヘド博士、まだですか? 博士が約束破ったら博士からボクたちにごめんなさいのチューするように決めましたよね」
「うぅ……決めて、ました」
「あ、もう少し距離縮めますか? 博士痛くて動けないのに気が利かなくてすみません」
「~っ!」

 2号も確か聞いていた内容だったろうに更に距離を縮め拍車をかけて博士を追い詰める。微かだった震えも全身に渡りプルプルと擬音が付きそうなくらいだ。

「時間かけてもボクは退きませんよ。寧ろ長引いて困るのは博士だけですよ?」
「う、うぅ……にごぉ……」
「そんなに潤んだ目で訴えてもダメです、ね……博士からボクに下さい」

 ようやく観念されたのか博士はほとんど目の前に迫っていた2号の唇にぎゅうと目を瞑りながら軽く唇を合わせすぐに離れた。その際に勢いが勝り痛みが走ったようで「いったぁ……」と呟かれたのが聞こえた。

「こ、これで約束通りだよね2号!」

 お顔の赤みは引かずそのままに守ったぞと言わんばかりに喋る博士。

「すぐ離れちゃったのは残念ですが確かに博士からして頂いたので約束通りですね」

 やや不満げに返事をする2号だが、ニコリと笑うと更に続けた。

「じゃあ次は1号にもですよ、ヘド博士」
「え……あ……」
「ボクと1号、2人にってお約束……まさかお忘れではないですよね?」

 すっかり失念していたという雰囲気を博士からひしひしと感じられたが、わたしは気付かないふりをして2号のいた位置に移動し、2号は少し後ろに下がり場所を譲ってくれた。

「い、1号……」
「ではわたしにもお願いします、ヘド博士」

 間近になった博士の顔は先程よりも赤くなっている。2号にされた後だから観念して下さればすぐに終わるというのに、まだ博士は抵抗がある様子でわたしと至近距離で見つめ合う形で動く気配がない。

「……ヘド博士」

 わたしの声掛けにビクリと反応する博士。これ以上の関係を持っているのに初心な反応をする愛しい人にわたしが先に折れた。内に溜まる言いたいことを空気と共に口から吐き出してから違う言葉を伝える。

「同じことをしないと誓えますか?」
「ちょっと1号」
「い、1号?」

 後ろにいた2号に肩を掴まれるが無視し、正面にいる博士を見つめ、言われた本人も予想外なわたしの質問にぽかんと口を少しばかり開けてこちらを見ている。

「お約束して下さるならわたしには口づけされなくて結構ですよ」
「……うん! 次は持ち込まない、約束する!」

 わたしの言葉に博士は食いつき即座に反応された。

「わかりました、では今回は2号に口づけしたことと改めて約束し直したことで終わりに致しましょう」

 言葉で博士の肩の力が抜ける。

「しかしながら博士のこの状態ではお仕事に支障があります」
「そ、そうだね」
「重症度によりますが2日経ってから対応するのが望ましいですが…」
「いち……ごう?」

 博士の両肩を掴み貼り付けた笑顔で博士を見る、何をされるのか分からず怯えた顔にさせてしまったが別に悪いことをするわけではない。2号と博士の口づけを待っている間にネットワークにて対処を検索していた。お灸も兼ねて少しばかりの痛みを伴う矯正施術を選んだだけのこと。
 博士からして頂くまたとないチャンス、勿体ないとは思ったがこちらの方が博士には身に染みて改善して下さるだろうから苦渋の決断をしたと思う。

「多少の荒療治ですが博士はお許しして下さいますよね」
「は……はぃ……」

 異論は認めませんと仄めかしたのがお分かり頂けたようで小さな声であったが了承を得た。

「ありがとう御座います。2号、わたしは博士の対応をするから悪いが仕事を交代してくれ」

 いつの間にかわたしの肩を掴んでいた手は離れていて、後ろでやりとりを見ていた2号に振り向かずに声を掛ける。

「了解。じゃあボクはちょっとの間ここから離れるね」
「ああ」

 博士が2号を目で追っていたが助け舟が出されることはない。何せ今の状態を良好にする為の行いなのだから。

「ではヘド博士、失礼致します」
「お、お手柔らかに頼むよ……」

 博士の言葉にわたしは「善処します」とだけお答えした。





「1号の仕事終わらせてきたよー」
「ああ、悪かったな。お疲れ様」

 暫くして戻ってきた2号に労いの言葉を掛ける。

「ヘド博士は?」
「寝違えは無事に解消された。お疲れになったようで少し横になっている」

 施術も終わり、簡単にだが朝食の用意をするわたしに近寄り状況を尋ねる2号。ソファでくたりとしている博士を見る視線をそのまま追って2号は博士の傍へ移動する。

「解消されて良かったですね、博士」

 2号に掛けられた言葉に博士はピクリと反応を示されたのをわたしは眺めていた。それから小さく呟いていたが常人なら聞こえていない程度だとしてもわたし達の性能ならばはっきり聞き取れた。

 「もう……絶対に……持ち込むもんか」と噛みしめる様に言われた博士の言葉を。