【ガンマ2号×ヘド←ガンマ1号 1号視点】
報われなくても、結ばれなくても、貴方はたったひとりの……
「ヘド博士、少しお時間よろしいでしょうか」
渡された資料で気になる箇所を見つけ探し人がいらっしゃるだろう筈のラボへ入室した。
いつもなら機器を操作している博士の後ろ姿がすぐ目に入り「どうかした?」などの返事が頂けるのにその姿がない。
視界を他に移せば部屋の隅に置いた休憩に使わているソファの背もたれに体を預けアームに腕をのせ手で頬杖をついて目を閉じる彼を見つけた。しかし動く気配を感じられない。
自らを超天才と謳う創造主は突然の発想や研究の没頭により周りの音が届かなくなってしまう。また新たな何かを生み出すことに耽っているのかと予想し、側へ近寄る。
「眠られていたのか……」
すぅすぅと静かに呼吸をしながら眠っていた。左手のグローブはモニターになったままの状態でいるから休憩としてではなく寝落ちしてしまったらしい。これからの博士の予定を自身が持つデータから確認し急ぎの用はないと判断、自分の質問も後ほど、最悪明日でも十分間に合う。寝づらそうにされていないのなら動かして起こすかもしれないよりこのまま寝かしてしまったほうがいいだろうと毛布を探しに動く。
「……これでよし」
頬杖で支えられた頭をそうっと浮かして手を退かす。ゆっくりと博士の頭をアームの部分にクッションを置いて頭をのせた。見つけた毛布を体に掛けるが身じろぐこともなく熟眠されたまま。余程お疲れだったかと今後の予定を少し改善しておこうとインプットする。部屋の温度、湿度も快適な状態であると確認し、ここから退出しようと踵を返した。
しかし数歩離れたわたしに届いてしまった小さな声、「にごう」と確実に発された言葉に足が止まる。
「っ!!」
寝ざめられたのかと上半身を振り返し彼を見るが瞼は閉じられた状態、体も動いた形跡はなし。体勢を再び博士へと向け僅かばかり立ち止まってみたが変化はなく寝言だと確信した。
「やはり2号なのですか……」
自らの口から漏れたつぶやきにハッと我に返り咄嗟に片手で覆い隠す。ざっと周りを見て部屋にいるのはわたしと博士だけだと把握しゆっくりと息を吐き、腕の力を緩めてだらりと下げる。
短いができていた距離を歩み寄り無くして片膝をつき、さらに身近へ。まだ覚醒していない彼の顔を見入り脳裏に浮かぶのはあの時の場景。
『1号、ボクたち付き合うことにしたんだ』
2号の手が博士の肩に置かれ寄り添うさまを見せられながら報告された。
わたしは突然の報告に2人を凝視し身じろげなくなる。2号はわたしの想いを、わたしは2号の想いを互いに知っていた。けれど実行する力は2号に分があり博士の気持ちもそちらへ傾いしまったゆえの現状。だから譲らなければいけないと体が動けないだけで聴覚や視覚、脳も無事に活動できていたから耳目に触れ理解し、このあとする反応への最適解を導き出し実行した。
表立っては「おめでとう」とあまり笑わない自分が口角を上げて嬉しいときに出す声音で伝え、内ではわたしが博士に持つ恋慕を決して出すまいと奥へ深く深く閉じ込めた。しくじることなく自身の大事な2人はわたしの台詞と表情を目にして互いの顔を見合わせると喜びがはじけたように笑い合った。
「ああ良かった」と満ちた気持ち反面、その光景によりずしりと通常以上に体が重くなり、情報処理がどこかで停滞し遅れているような感覚を得たのを昨日の出来事だったかのようにしっかりと思い出せる。
しかし奥深く隠してたものは日々膨らみたった今の一言で弾けだしてしまった。
身体がじわりじわりと熱を上げ、触れてしまいたいと腕が上がろうとするのを無機質な頭脳が制止し微かに震える。いけないことであると訴える無機がある一方、生身の頭脳は感情を出してしまえばいいと囁き波紋のように広がって無機の部分さえ侵していこうとしている。どちらの自我を優先させればいいかなど至極簡単なのにわたしの選択は……
「ヘド……はかせ……」
掛けた毛布からモニターのない利き手を壊れものを扱うかのようにそうっと持ち上げ唇をゆっくりと寄せる。グローブがはめられた指先に辿り着き僅かばかりの触れ合い。それだけのことで歓喜の波が溢れ充足されていくのが分かる。だがどこか欠けているのかポロポロと落ちていってしまい多幸感はすぐに萎れてゆく。
『これ以上は……望みません』
音に出さず只管自答して己の行動を制限する。報われなくていい、結ばれなくてもいいと自制した。けれどこれだけは譲れないと言わずにいた想いが指先から遠ざかった口からおのずと吐露された。聞き取れたのは吐き出した自身だけだ。
「貴方は……たったひとりの……」
わたしの運命の人だと