さよなら 博士

【2号→ヘド】




「はーかせ! 博士博士はーかーせー!!」 
「うるさいな……どうしたんだにご……」 
 
ぷに 
 
「……」 
 
ぷにぷにぷに 
 
 ガンマ2号に呼ばれ振り返ったヘド博士に待っていたのは満面の笑みを浮かべながら頬をつつく2号であった。無言でジト目をしながら相手の様子を見ていた博士に対して頬をつつくのを止める気配のない嬉しそうな彼。
 
「……楽しいか?」 
「はい! 大分楽しいです」 
 
 そう言われてしまうと止めろと言いにくくなり博士は視線だけ動かし、目的の人物を探す。しかしいつもなら側にいるガンマ1号はおらず、残念なことに彼には先程用事を頼んでしまい席を外していたことを博士は思い出した。ならば仕方ないと軽く溜息を吐くと「そうか……」と言って2号が満足するまで放置することにした。 
 
「博士のこの肌って特殊な薬使っているんですよね、確か」 
「あぁ、そうだよ」 
「この触り心地ってもち肌っていう世の中では羨ましがられるものですよね」 
「あー……この状態は偶然の副産物だよ。望んだ耐性の結果そうなった。」 
「そうですか……でも」 
「わっ」 
 
 データを閲覧しながら2号の相手をしていた博士 、油断していると突然持ち上げられ向かい合わせで抱き着かれた。 
 
「なっ、ななn「おかげで博士の抱き心地最高です!」 
 
 ぎゅうと抱きしめられ慌てるヘド博士は離せと命令しようと口を開きかけ、ふと思い止まった。 
 2号が誕生してからまだ半年も経っていない。 見た目は1号に似せたが比率は有機質が多いタイプだ、まだ成長途中で幼さが残っているのではと考えた。 
 幼少期の経験は成長期にも影響を及ぼす可能性がある。何事も記録するに越したことはない。 
 そう判断すると博士は自身より大きな子、2号の背をポンポンと叩き諦めたように今度は大きめの溜息を吐いて様子を見ることにした。 
 その状態は戻ってきた1号により即座に剥がされ、その場で2号は正座をさせられくどくどとお叱りを受けるのはもうすぐだ。 
 
 
 
 
 
 
『何で…こんなこと思い出してる……ん…だボクは…』 
 
 2号の回路がノイズを走らせながらその記憶で止まり、自身の現状を思い出す。 
 
『そ、ぅだ……セルまっく…す止める…ためえねる…ギぃ使いはたし……』 
 
 結果はどうなったのだろうと気にはなるが体がどこも動く気配がない。 
 確かに自身は使い果たしてしまったのだ、辛うじて残滓のようなエネルギーしか残っていないというのに、人間が言う走馬灯のような過去のデータを呼び戻すことに使われるとはと内で苦笑する。 
 動けない、聞こえないしかし振動は感じられていた2号。絶えず大きな振動が体に響く、そして失敗したのだと理解した。大事な局面での失態に悔しさが募る。 
 
『s…めて、はかせ…ぶjか?』 
 
 あの記憶で見た彼の人、ヘド博士の生存はどうなったのだろうと悔しさを上書きするように不安がやってきた。 
 
『ど……にか視…かぃだけで、も…』 
 
 真っ暗な自身の世界に僅かでも光を当てるために残りのエネルギーを可視へと移動させる。乱れた映像が現れた、色はなく灰色の世界が2号の視野として復活した。 
 そしてすぐさま驚いた。目の前にいたのは気を失うヘド博士、無事を願った彼の人がいたのだ。 
 
『h…かせ…へ…ドはか…せ』 
 
 少しでも動ければ触れる距離なのに 
 あの時のように触れ合える距離だというのに 
 動けと僅かずつでもいいと体に命令する、願うがやはり動かなかった。乱れた灰色画像の世界で何とか無事を知りたいと博士を観察する。 
 規則正しく胸が上下している、呼吸は正常だと理解する。色があれば赤黒いであろう血液のような液体も見当たらない、博士は無事だったのかと2号は安堵した。その瞬間また2号の世界は闇に染まった。 
 今度は振動さえも感じられなかった。 
 
 
 
 
何も感じない暗闇は時間の感覚を狂わされた。短い時間なのかもしれないが長い長い時間として認識した、どれだけそうしていただろう。 
 ふと突然2号は感じる筈がないのに何かに触れたという感覚を得た。最初はうっすらだったそれは徐々に染み渡るようにある箇所へと感覚が戻っていく。その何かに覚えがあると2号は気付く。 
 
『……ヘド博士だ』 
 
 確信へと変わり2号は博士が目覚めた、そして自身に触れてくれていることに喜びが広がる。 
 覚えがあるということは感覚があるのは手だろうと予想した。 
 
『博士から触れてくれているのか』 
 
 2号からすれば弱いものだが触れている力が強く握っていることは状況からして縋ってくれているのだろう。本当なら握り返して「ただいま戻りました」とか軽く笑ってポーズをとり博士を喜ばせたい。 
 
『……すみません、博士』 
 
 実際は動くことも喋ることも目で博士を視認することさえ叶わない。 
 唯々申し訳ないとここで謝ることしかできない。 
 それさえもそろそろ限界のようだと2号は気付く。 
 
『ボクは……貴方が無事であったと知れたことが僥倖……でした』 
 
 誰にも届かない2号の言葉はそのまま黒色の世界に飲まれ彼自身の意識も消え去っていった。