【ガンマ2号+ヘド 2号視点】
あの時と今は違う
「ヘド博士、パトロールに行ってきます!」
「今日はいい天気だからよく見渡せるな、いってらっしゃい2号」
「何かあれば通信で呼んでくれ」
「了解! いってきます!」
1号と週替わりで朝と夕で空から見回りをしている。今週はボクが朝担当。ヘド博士に声を掛け、いざ出発しようとすれば博士に朝食を出していた1号にも声を掛けられて了承の返事をする。
今度こそボクは家から出て庭から飛び立ち、巡回しているエリアを上空から観察していく。博士の言う通り今日はいい天気で空には雲が無く一面真っ青で確かに視界が良好だ。
「何か、思い出すなぁ……」
ここまで青かった空はボクの記憶ではあの時以来だ。RR軍でヘド博士に造られて性能テスト……そう飛行テストの時だ。
『ガンマ2号、3時間経過するがどこか不調な部分はあるか?』
「まったく問題なしです、ヘド博士! まだまだ余裕で飛べます!」
『そうか、じゃあまた重りを増やすから降りてきてくれるか?』
「了解です!」
決められた領空域を何度も往復して長時間の安定飛行、一定時間経過ごとに負荷を増やしてもいるのだがこれでもう何回目だろうか。下で博士が手を振るのを見つけてそこに向かい下降する。
「順調そうだな2号」
「はい! 楽勝ですよ」
博士の足元に新しい重りが置いてあるのを持ち上げる。すでに手足、背中と重りが付いていて、今度の形だと腰でいいのかなとぐるりと巻き付けカチリと嵌める。
少し体を浮かせるが特に変わりはなさそうだ。
「もうそろそろで終わるから無理せず付き合ってくれ」
「分かりました! ところでヘド博士……」
「ん、どうかしたか2号」
「そろそろ終わるんでしたら折角ですし……」
「ん?」
浮かせていた体を着地させ、両腕を伸ばして博士の脇の下に手を入れて持ち上げる。
「んん?」
向き合っている状態でそのまま片腕に博士を座らせてまた体を浮かせた。もう片方のボクの腕は博士の片手に添えるように手を出して、博士の片手はボクのヒーロースーツの肩辺りをぎゅっと握っている。
「に、2号?」
「ほんの少しのお時間でも上からの景色を堪能しませんか? 真っ青で遠くまで見渡せそうなんですよ」
博士に笑みを見せながら徐々に高度を上げていく。
「だめだ2号、すぐに降ろして」
博士から否定の言葉が紡がれた、上昇途中で止まる。
どうしてヘド博士……もしかして気付かれただろうか。ここから博士と一緒に逃げてしまおうと思っていたことを
最近マゼンタ総帥からセルマックス完成の催促の頻度が激し過ぎる。博士は何度も説明をしているのにどうも納得していない。
ボクらを造ったことも、こうしてテストに手間を掛けていることもどれもが気に入らない様子のマゼンタ総帥は凄い形相で博士を見ていることもしばしばある。視線で人が殺せるなら何度博士は殺されているだろう。
博士は気にしていないようだけど、こんなにも居心地の悪い場所なんて離れてしまった方が博士にもボクらにも都合がいい筈だ、だからこのテストはチャンスだと思っていた。
1号には後で通信で伝えればあっという間に合流してくれるだろう。ヘド博士の最高傑作であるボク達に敵う相手なんてここにはいない、それなのに……
「……なにが、何がダメなんですか博士…っ!」
博士の顔を見ようと向き合えば先程は気付かなかったが博士に首輪が付いていた。
逃走防止用か いつの間に付いていた それよりもこれが原因ならば……
首輪を解除しようとハッキングを試みる。いつもRR軍の監視システムなど弄っているんだからあっという間に外せるはずだったんだ。なのにバチンと拒絶をされたかのように弾かれてしまった。
初めてのことに少し目を見開いて一瞬動揺した、しかしすぐに気づく。
「この首輪……博士が作ったんですか?」
今までできたことが突然不可能なんてありえない。だとすれば作ったのはヘド博士しかいない。
ボクが驚きながらも博士を見て呟けば「さすがボクの傑作……よく気付いたね」
悪戯が成功したみたいな笑みを浮かべる博士、けどボクからすれば笑っている場合じゃない。
「何で……博士自らそんなのを……」
「このくらいしないと野外のテストは認められなかったらね」
「もう必要なくなります、解除コードを教えて下さい」
ボクの言葉に博士は首を横に振る。
「優しい子だね……2号は。でもまだここから離れられないよ」
「もう博士は十分尽くしてます。後はボク達が追っ手を撒いてどこかへ隠れれば……」
「今離れたらお前達に何かあっても治せる場所はなくなるんだ」
今以上の環境がないのに手放せないと博士は言う。
「ボクの最高傑作を失うくらいならまだここで頑張れる……それにいいタイミングであの総帥の金を手に入れてからのが都合がいい。もう少し耐えてくれボクのガンマ」
博士がボクの首に腕を回し抱きしめて、再度降ろすようにやさしく警告する。
「……了解しました」
仕方なしに博士の言葉に従い上昇するよりも遅いスピードで降りていく。10人程度の兵士が逃亡するとでも思ったのか銃をこちらに向けて様子を窺っている。
彼らのことなど気にせずボクは着地して屈み、ずっと抱きしめてくれていた博士を下ろす。
「……まったく2号は。もう少しボクの意見聞いてから行動してくれる?」
「失礼しました、ヘド博士。とてもいい眺めだったので共有したくてつい……」
「なら後で共有データで見させてもらうよ」
浮かんでいた時の話の内容は聞かれていなかったから差し当たりのない会話で兵士達を誤魔化す。
「まだ時間は残っているからね、よろしく頼むよ2号」
「はいっ! 博士が満足できるテータが取れるように行ってきます!」
今度はボク一人で浮かんで再びテストを続行したんだ。左に付いたRR軍のマークを引き千切りたくなったのはその時が初めてだった。
「………」
今はあのマークはない。
代わりにカプセルコーポレーションのロゴがそこに縫われている。もうああなることはない。
無性に博士の声が聴きたくなり、通信を繋げた。
『どうかしたかガンマ2号』
「……ヘド博士、今日の空は雲がなくて真っ青なんです」
『……遠くまで見渡せそうだな』
「はい、なのでボクが戻ったら……ほんの少しのお時間でも上からの景色を堪能しませんか?」
あの時の言葉を再び言ってみた。博士は覚えているだろうか。
『ほんの少しなんて言わずに早く終わらせて戻ってきなよ、そしてボクを連れて行ってくれよ2号。今はあの時じゃない……たっぷり景色を見せて欲しいな』
博士の言葉に嬉しさが募る。
「了解です! 残りを見て回ったらすぐに戻ります!」
通信を切りまだ途中だったパトロールを再開する。
雲が出る気配はなく、真っ青な空を博士とどこまで見に行こうかと浮かれる気持ちを落ち着かせながら少し早いスピードで残りを見回った。