【花火】
『ヘド博士、今日はお誘いしたいことがありまして……』
『おカタイ言い方だなー1号は。博士、今夜ボク達と夜空のデートをしませんか?』
『今夜……夜空の?』
ガンマ達からのお誘いにヘド博士は少し首を傾げここ最近の記憶を遡る。
『あぁ…花火大会か』
確か屋外の看板広告で貼られてたりカプセルコーポレーションの女性社員が話しているのを耳にしたなぁと思い返した。
『はいっ! 是非博士と一緒に見たいと思いまして!』
『ですが、大勢の人で溢れかえるでしょうからよろしければ空にて共に鑑賞できればと』
『空で花火を見れるのか! それはいいね、今夜楽しみにしてるよ』
そう約束をしていた筈なのにとヘド博士は自身の行いを悔いる。
静かな通路に音が響く、慌てて走っていたが実際に始まった音を聞くとより気持ちだけが逸ってしまう。体力がないヘド博士の体は逸った分が限界を超えてしまい足が縺れ、傾き、床にぶつかりそうになり目を瞑る。「博士!」と聞き慣れた声が耳に入り、床の硬さとは違う硬さにぶつかった。
「丁度よくお会い出来て良かったです」
「あ、ありがとう……ガンマ」
仰向けに寝転がった1号の胸に抱きこまれる形で床との接触を回避できた博士
「お怪我は?」
「1号のおかげでないよ」
無事に間に合えたことを確認してほぅと安堵の息を漏らす1号。
するとコンコンと叩かれる音に2人は通路の窓を見れば、外側で浮かびながら2号が彼らを見ていた。上半身を起こすと1号は2号を見ながら通信する。
「2号、今し方博士と合流した。一番近い非常口で待っていてくれ」
声に出さなくても2号とのやりとりは可能だが、博士にも伝わるように口頭で話すと1号は先に立ち上がってから博士を抱き上げ、一番近い非常口へ歩き始めた。
「1号、ボクは大丈夫だから降ろして」
「ダメです、博士は先程走られてお疲れなのですから。それにすぐに飛び立ちますから不都合はありません」
全く降ろす気のない返事をされて、今日はここは休みで誰も来ないのだからまぁいいかと諦める博士。本来なら博士自身も休みであったのだがどうしても試したい案が脳内に舞い降りてきた。まだ昼を過ぎたばかりで時間もまだあると腹を括り、ガンマ達に理由を話して間に合うようにするからとカプセルコーポレーションの博士の研究室まで連れてきてもらった。試作すれば思った以上の成果にあれもこれもと手を伸ばしていたら時間は瞬く間に過ぎており今の有様である。
「ホントごめんね、夢中になってたらこんな時間に……」
「いえ、博士のしたいことが優先ですので」
「でも折角2人が誘ってくれてたのに……」
「まだ始まったばかりです、お気になさらずに。それに謝るのでしたら2号にも言ってあげて下さい」
ピッピッと電子音を鳴らしながら1号が非常口の解除コードを打ち込む。施錠が解除される音がし、扉を開けば2号が待っていた。外へ出れば背後でドアが閉まり再び施錠される音が聞こえた。
「お怪我がなくて良かったです博士」
1号と博士の廊下での再会の前から通信はそのままにしていた2号は博士の転倒もちゃんと聞いており、無事であることに喜ぶ。
「ごめんよ2号、ボクが待ち合わせの時間に遅れて慌てたからなんだ」
「1号の声にボクもガラス割って中入ろうかと思ったんですけど、後のブルマ博士のお叱りに博士も巻き込まれる可能性が高かったので耐えました」
「うん……それは懸命な判断だったぞガンマ2号」
正しく2号が考えた可能性が十二分にあり得ると博士は頷き、1号に抱っこされて近くなった2号の頭を撫でて褒める。
「へへっ、ありがとう御座います」
褒められ、更に撫でられたことに満足そうに笑う2号
「…2号、博士の支度を」
「おっと、忘れるところだった。ヘド博士、念の為です」
少し不機嫌な声で1号が2号に声を掛ければ肩にかけていた鞄からタオル地のハーフケットを博士に羽織らす。
「博士でしたらご存知だと思いますが、100m上がれば気温が約0.65℃下がるとされてます。
打ち上げ花火の必要な高度がよく使われているもので160~200m、そこから開花した際半径が約65~110mほどあるので「1号、説明長いと花火終わっちゃう」
博士に説明をしようと1号がつらつらと話していたが2号がストップをかけた。
「ヘド博士、大きな花火が上がる可能性もあるので十分に安全距離をとるので上空800mまで行きます。
気温も今より約5℃は下がるので、博士は走ってたから汗が冷えてより冷えるかもなのでとりあえず羽織ってて下さい、それからこれは防音措置です」
そう言ってイヤープラグを手渡される。素直に装着すれば『博士聞こえてますか?』と2号の声がより近くから聞こえた。2号を見れば口を閉じていて喋っているようには感じられない。
『我々の通信回路を通して博士のイヤープラグにも届くようにしてあります』
今度は1号の声で説明がされた。
『花火の音で博士の鼓膜に支障をきたさないために完全防音使用にブルマ博士に改造してもらってます』
『商品化狙ってるからレポートよろしくと言われましたので、後ほど感想聞かせて下さい』
『ではヘド博士、わたし達と花火を鑑賞しに行きましょう』
1号は博士を抱きしめている腕の力を強くするとふわりと浮かび、空へとどんどん上っていく。後ろから2号も遅れることなく一定の距離間で付いて来ている。『1号!後で博士の抱っこ交代だからね!』と2号から1号への通信が耳に届いた。
『ヘド博士、風で目が乾いて辛くなる可能性があります。到着しましたらお声掛けしますので目を閉じていて下さい』
生身の体のまま高速で上空へ移動する体験などないからどういった具合だろうとキョロキョロと眺めていた博士に1号が通信を入れて注意を促す。その言葉に仕方ないかとヘド博士は目をぎゅっと閉じる。音は遮られ、目も閉じて何も分からない状態になるが1号の通信を聞いていた2号からすぐに通信がきた。
『もう少しの辛抱ですから博士楽しみにしてて下さいね』
『急な高さ移動なので軽い高山病の症状が出るかもしれないので酸素ボンベの用意ありますからお気軽に声かけて下さい』
『ボク達は音を選別できますから博士は普通に喋って大丈夫ですからね、大事な博士の言葉は聞き逃しませんから!』
など不安や退屈ににさせる暇などないようにと色々と伝えてくれる。
「2人とも色々気遣ってくれてありがとう」
博士が早速お礼の言葉を伝えれば
『わたし達が博士にしたいことですから』
『博士とボク達が一緒に出掛けて最高に楽しかったって思い出にして貰いたいですから』
と2人の言葉が通信で伝えられる。
博士は「是非来年もお願いしたいよ、次は途中からじゃなくて最初から一緒に見れるように来年のボクに注意しておかなくちゃ」と返した。
火薬と煙の臭いが博士の鼻に入ってくる、もう少しだろうかと思っていれば風を感じていたのが止まり、退屈する間もなくガンマ達から到着の通信をもらう。
『博士、お待たせしました』
『下を見て下さい』
耳には打ち上げ花火特有の大きな音は一切入らず、においはするが本当にあるのだろうかと少し胸を弾ませながら下を窺う。
「…わぁっ…」
声が漏れるが小さく、周りに迷惑はかからないのにこれ以上何か言うよりもただこの光景に目が釘付けになる博士。体はこの感動をどう消化すれば分からず、抱えてくれている1号のヒーロースーツの袖にぎゅっとより力を込めて握り、嬉しさと感謝を相手に汲んでもらうしか考え付かなかった。
建物が少ない広い場所、夜の闇が濃い中に次々に打ち上がっていく大輪の花々、一瞬にして消えていくが粒がキラキラと瞬きながら消える様、ものによっては尾を引き放射状に飛び散り消え去っていくものは大輪から零れた雫とも見えて余韻があった。途中四方八方に丸く広がる花火とは違う形の花火も何度かあり、角度が違うと分からなかった形がようやくスマイルをしていると気づき花火の多様にへぇとまた小さく声が漏れた。
動画で見ることもあったし、幼い頃なら実際赴き見上げて遠くから眺めていたものを今は見下ろし、間近で体験し見るのはとても圧巻であった。
『ヘド博士、良かったら横からも見ませんか?』
どれくらい経ったか分からなかったが2号から通信が入り提案をされる。多分先程言っていた博士の抱っこの交代でもあるのだろう。博士は折角ならば2号の提案でも見たいと思い1号に視線を送る。
『…畏まりました、博士』
少し残念そうな声音だったが了承を得て博士は「2号!」と声を掛ける。嬉しそうに近づいてくる2号に1号は博士を受け渡して今度は2号を先頭に1号が後ろを付いてくる。高度を下げ、見下ろす位置からおおよその横向きの位置へと移動する。煙が流れる風下ではなく風上に移動して眺めは確保する。
空で広がる大輪が高さは少し上下はするものの横に広がり見るさまと後ほどそれらとは違う地上に大分近い辺りで光のシャワーが扇状になって空へ向かって広がる様の花火との上と下との演出は見応えがあった。徐々に花火の打ち上げの間隔が短くなり連続で打ち上がっていき明るさが段違いになる、終わりが近いのだろう。打ち尽くしたのかと少しの暗がりの余韻の後、今までで一番大きな大輪が開き名残惜しむように放射状に流れ落ちる様を見届けた。
そして視界が暗闇色に戻る。けれど網膜に残っているあの鮮やかな花火が脳裏にも焼き付き博士の鼓動は興奮で早鐘を打っていた。
『博士、もう外して大丈夫ですよ』
2号からの通信でイヤープラグを外す。まだ冷めないこの気持ちと周りに充満した火薬と煙の臭い、2号の服をぎゅうと皺が深くなるくらい握りしめて博士は先程まで夜空を彩った景色に思いをはせて喋る。
「2号、花火すっごく、……凄く綺麗だったね」
「喜んで貰えて嬉しいです」
「こんなに楽しいことボクが遅かったせいで短くしちゃってホントに申し訳がないよ……」
「博士と無事に見ることが出来たのですからもう掘り返されなくてもいいのですよ?」
少し後ろにいた1号が博士と2号に並び、博士の言葉に大丈夫であると伝える。
「でもさ……」
「でしたら博士、来る途中で言っていたこと絶対、ぜーったい守って下さい!」
「途中で、ボクが言ったこと……」
「来年も是非わたし達と花火を一緒に今度は最初から見るというお話です」
ガンマ達の博士に守って欲しいというお願いに「守る、絶対に守るから。来年も一緒に見ようねガンマ」
1号に片腕を伸ばした博士の手を両手で優しく包み、「勿論です」と答える1号
「研究が好きな博士も好きですが程々でお願いしますね」と軽く注意して博士の頬に頬ずりする2号
花火も終わり暗い夜空を、上空を見る者はおらず。ガンマ達は観客が無事に会場を後にできるのか一夜に咲き乱れていた一瞬の花々の話をしながら眺めていた。
3人が最後の観客として帰るのはもう少し先のことである。