【ガンマ1号×ヘド】
「ホログラムをアップグレードしたい?」
よく使用しているガンマ2号からのお願いなら納得できるが、目の前でそれを希望したのはガンマ1号であり思わずまじまじと見てしまう。
「不思議……でしょうか?」
ボクの態度に戸惑うような声で尋ねられた。
「まぁ……ちょっとだけ、ね。するのは可能だけど突然どうしたの?」
素直に気になったのものだから質問してしまうのは仕方ない。真面目な彼からどんな答えを返されるのだろうと期待した眼差しで見守る。
「それは……まだ秘密です」
片目をつぶり口元に人差し指を当て少し声の音量を下げて静かにそう言った。自らが作り上げた最高傑作のその仕草は様になっていてボクのガンマの良さに内心惚れ直した。後で「2号には秘密でお願いします」とも頼まれたんだっけ。それが確か3カ月くらい前の話。
今は春へと季節が変わりつつあり昼間はだいぶ暖かくなった頃。
カプセルコーポレーションに勤めて1年は過ぎたが未だに残業無しの定時退社に慣れず四苦八苦する毎日を送っている。自分の都合で好きなだけ研究に耽り、何日も徹夜してしまうのが当たり前の生活が長かったから矯正するにはまだ足りず。今日も優秀なガードマンとして雇われているが助手も兼ねてくれている1号が調節してくれたスケジュールをこなしてようやく一休みできる時間まで辿り着けた。休憩用にと設置したソファにダイブする。
「お疲れ様です、博士」
労いの言葉と共に本日のおやつが差し出されたのでのそのそと起き上がりテーブルに置かれた食べ物を確認。だいたいはボクの好物であるココアクッキーなのだが今回は違ってピンクの丸いものが葉っぱに包まれてるお菓子。置かれる前に香った匂いは春の象徴、その食べ物の名前を呟く。
「桜もち……」
桜が開花する頃に売り出される短い期間にしかお目にかかれない代物だ。この花が咲くということは冬は大分遠ざかってきているのだなと移ろいを実感する。ついで思い浮かぶは梅の花よりも春を体感させてくれる目の前の菓子にも付けられた花だ。愛でる時期としてそろそろかと考えていれば上から何かがひらりと落ちてくるのが視界に入ってきて思考が目先のものへと変わった。
目線を桜餅から落ちてきたものへと変えたが何も見当たらず首を少し傾げる。もしかすると自分が思っているよりも体が疲れており勘違いしてしまったのかもしれないと目頭を揉んでもう一度目を開く。
すると再びひらりひらりと今度は2つ落ちてきた。目を離さず追えばそれは花びらだ。それも今の時期によく見る花弁。
「??」
窓はあるが開けた覚えは一度もないから入らないはずの存在が一体なぜと不思議に思い頭を上へと動かして正体を知る。驚いて上げてた頭を元に戻して今度は左右を見渡す。
「す、すごい……」
「いかがでしょうかヘド博士」
反射的に漏れ出た感想に側で控えていたガンマ1号が伺ってきた。
まったく気づけなかったが研究室が満開の桜に彩られ桜色に埋め尽くされている。風の音はなく静かに散り落ちていくのに手を伸ばし触れようとすればするりと通り抜けてそのままふっと消えてしまうのを目撃する。
「ホログラム……」
「はい。先日博士のおつかいの際に少し寄り道をして映してきました」
1号の発言に思い出したのは冬の頃に頼まれたアップグレード。理由もまだ秘密と言って教えてくれていなかったとも思い返した。
「もしかしてあの時からこれを考えてたのかい?」
「はい、その通りです」
1号がホログラムをこういうことに使用するのに驚き後ろにいる彼を振り返り見てしまった。それにどうしてこれをしようと思ったのだろうと不思議そうに思ったのが顔に出てしまったかこちらの顔を見て微笑みを零す。
「レッドリボンで野外の実験からわたしが戻ってきた際、博士が知らずわたしに付いたその花を見つけたのを覚えてますか?」
尋ねられた内容はボクにはまったく覚えがない。素直に首を横に振り「ごめん」と謝罪を付け加える。
「謝らくて大丈夫です。博士にとってはとても些細だったことをわたしが大事に覚えていたに過ぎないので」
残念がる雰囲気もなくそのまま話を続けてくれるガンマ1号にボクも耳を傾ける。
『もうそんな時期だったか……季節の移り変わりとは無縁の快適な設備を維持されているこのラボじゃあね』
指で摘まんだ花片1枚をいじりながらしみじみと喋るヘド博士。
『この時期の外を見た感想はあるかい1号?』
『いえ、特に何も。つつがなくテストを終えることが最優先でしたので』
『そうか……スーパーヒーローになるなら感動する感情も必要だよ』
例えばこれさと持っていた一片をこちらへと高く上げて見せられた。
『この花はさ、人を魅了する力がある花なんだ。たくさん咲く場所なんて更にすごい力を持つ』
思い出したのか高揚し、目を輝かせて語る姿は彼の人がスーパーヒーローについて熱弁する様を思い浮かばせた。
『総帥からの強い要望で製造しているこれが終われば区切りがついて休みも取りやすくなるだろう』
自身よりその後ろへ目を向けて創造された主は言う。
『そうしたら見に行こうじゃないか』
「……そう仰られてました」
『ボクそんなことを言っていたのか……』
恐らくしばらく自身は覚えていただろう。けれどその後の出来事とそれによる傑作である片割れの復活をあてもなく目標にし優先順位が大きく変えられて記憶から除外されてしまったのではないかと自ら起きたことを推測する。
「ようやくこの事を口に出してもいいかと思いましたが博士の多忙さは重々理解しているつもりです。なので忙しくなられる前に性能の強化をお願いしました。きっとこの方が負担が少ないだろうと……」
述べるのを止め一度目を閉じゆっくりと再び開いてボクと視線を絡ませたガンマ1号は口を開き耳に心地よい声でまた紡ぐ。
「この景色を一人で映した時は何も思いはありませんでしたが、愛しい人が喜び共に見てくれている今とても感情が揺さぶられています……お気に召して頂いて良かったです」
嬉しそうに笑うおカタイと2号に言われている最高傑作のお目にかかるのは少ない表情を間近で浴びたボクの体温が上昇してしまうのはどうにもならない結果だ。そしてそれを気付かれたくなくて下を向き急いで「1号も座って!」と半ば叫ぶように言い隣を叩いて指示をした。
「わたしはここで一緒に眺めるだけで「ボクが嫌なんだ!」
断ろうとするのを食い気味でねじ伏せた。それでも後ろから動く様子がなさそうで本当なら彼に見せたくないのにと内心で悪態を吐きながら熱が顔に集まり収まっていない状態で彼に向け直して「隣で! 一緒に!!」と短く用件を叫ぶ。
「……はい、畏まりました」
機嫌の良さそうな声音で返事をされたのを聞き取り、しっかり見られたよね勿論と顔を片手で隠しながら彼が座った隣とは逆を向いてその視界の桜を眺める。後頭部がガンマからは見えているからやたらと後ろの頭に視線がチクチクと刺ささる感覚がありどのタイミングで向きを直そうか悩む。
「ヘド博士」
「な、何?」
頭を働かせていれば呼ばれ、急ぎ返答をした。言われそうな内容の予測なんてまったくできず一体何を伝えてくるのかと一応身構えた。
「手を……握ってもいいでしょうか?」
もっと無茶な頼みを言われるかと構えたが心配するほどの中身でなくてほっとした。
「も、もちろんさ」
快諾して1号に近い手をソファに滑らしながら腕を差し伸べた。せいぜい上から握られる程度のものだと思っていた。
「ありがとうございます」
礼を言われてから触れられた手指の感覚が想定していたのと違いビクリと過剰に反応してしまった。そうっとガンマ1号に握られた手を確認するため顔をそちらへ向けて目を落とす。接触具合で何となくは思い描いていたのが正解であった。互いの指をしっかりと絡めたやつである。
「ちょっと1号……」
抗議しようと最高傑作の1号に向きを移し不満そうな面持ちで声を掛けたが、逆に不思議そうにされる。
「ここはヘド博士の研究室で、現在わたしと室長である博士しかいませんが」
「っ……」
恥ずる理由などないと言われてしまい命令として離してもらうかそれはいくらなんでも横暴かと対応をどうするべきか思案していれば油断を招いた。
顔に影が落ちてきたと思えば口に感触、近すぎてぼやけたものが距離をとってようやく把握できた。
最高傑作で助手をしてくれている1号からの唐突な口づけであったのだと。
「ご不満なお顔でしたからここまでを希望されていたと予想したのですけど……」
間違ってましたか?と心配そうにする彼の様子に怒鳴るつもりが削がれた。ひと際大きく息を吐き出してソファの背もたれに寄りかかり顔を上に向ける。自らの起伏の激しい感情とは逆に静かに一定のリズムではらはらと散りこぼれていく姿が映し続けられた花を見て心を鎮める。
「ガンマ1号……」
「はい」
「じっくり桜を堪能しようか」
「……はい」
繋がれた指を解くのを止め室内にて咲き乱れし春の風物をお互い何も言わず静かに眺めた。
長い沈黙ではあったが居心地の良い時間が流れていたと思う。それは離すことなく触れた双方の熱を感じられたのが理由じゃないかな。だからつい頼んでしまった。
また見たいけど、次も手を繋いで欲しいと